森田博也,D.O.からの推薦の言葉

現在、日本で唯一のオステオパシー・ドクターであり、アトラス・オステオパシー学院の学長でもある森田博也,D.O.より
開業に寄せてのお言葉を頂きました。

オステオパシー・ドクターはアメリカでは医師として認められています。森田博也,D.O.はアメリカで学び、経験した本物のオステオパシーを後世に伝えるべく、今も尽力なさっています。

 

オステオパシー・ドクターとはアメリカのオステオパシー医科大学を卒業し、医師資格を与えられた者のことです。
アメリカでは医科大学には4年生の大学を卒業したものでなければ入学できず、さらに厳しい進級試験、国家試験をクリアし、やっとオステオパシー・ドクターになれます。森田博也,D.O.はオステオパシー医科大学の中でも、最も難関で伝統のあるカークスビル・オステオパシー医科大学を卒業し、さらに学生の中でも成績優秀者のみ受講が許される頭蓋領域のオステオパシーのコースも履修されました。

 

私がオステオパシーを通して患者様のために生涯貢献していこうと考えたのは、森田博也,D.O.の講義を通してオステオパシーの素晴らしさに触れたからです。

森田博也,D.O.からご教授して頂いたことは、皆様の健康をお預かりする立場として大きな力となっています。

 

坪井 明先生の開業に寄せて

私はDoctor of Osteopathic Medicine(D.O.)、米国留学し、オステオパシー医科大学卒業後、行く行くは米国でオステオパシーの医師として開業することを夢見て、研修医のトレーニングを受けていました。渡米後、暫くして、私は若年性パーキンソン病との診断を受け、帰国を余儀なくされました。

志半ばで日本に帰国したD.O.はまだ一人も居らず、米国で経験し、得た知識、技術を教授してほしいという事でオステオパシーの哲学を中心に講義の依頼を受け、全日本オステオパシー学院(AJSO)で教鞭を執りました。坪井 明先生とはAJSOの講師と学生としての出会いが初めてでした。

その時の第一印象として、私の持っている講義資料に、すごく興味を持ってくれて、その瞳がきらきらと輝いていたことがありました。そういう熱心な生徒がいると、教師冥利に尽きるというものでした。

 

パーキンソン病も初期は薬がよく効いて、健常者と変わらず行動できるのですが、徐々に病状が進行してきて、言語障害が発現し、歩行が困難になり、直立姿勢がとれなくなってきました。

早く若い世代に引き継ぎをしていかないと、せっかく苦労してアメリカで身につけてきたオステオパシーの知識、テクニック、ノウ・ハウが消えてしまう。

そういう危機を感じた私は数名の学生に白羽の矢を立てて、アシスタントについてもらいました。そのうちの一人が坪井 明先生でした。

 

アシスタントとして5年間の間、彼は本当によくやってくれました。私はアメリカで学んできたオステオパシーを精一杯彼に伝えたつもりです。彼と一緒にやってきたオステオパシーの講義は唯一無二の時間だったという自負があります。

彼の長所は高度で正確な知識と技術(ハード面)を持ちながら、患者さんの身になってその治療に当たれるという優れたところ(ソフト面)を併せ持ち、本当の意味での『手当て』ができることです。

患者さんの痛むところ、つらい箇所に手を当てて、痛みやつらさを共有して共に戦闘っていこうとするところが彼の治療スタイルです。データを見てばかりで患者さんに触らずに(手当をせずに)日々の治療に当たっている西洋医学の医師(M.D.)には耳の
痛い先生も少なからずおられるのではないでしょうか?

患者の皆さん、安心して坪井先生の治療を受けられることをお勧めします。

Doctor of Osteopathic Medicine(D.O.)
森田 博也

森田博也, D.O.(アトラス・オステオパシー学院学長)

同志社大学法学部法律学科卒
カークスビル・オステオパシー医科大卒
Doctor of Osteopathic Medicine(D.O.)

アメリカ・オステオパシー医師会(AOA)会員※1
アメリカ・オステオパシー学会(AAO)正会員※1
アメリカ・頭蓋アカデミー(CA)会員※2

※1 AOAおよびAAOは、オステオパシー医師(D.O.)および医師(M.D.)のみ正会員になる事ができます。 ※2 CAはD.O.、M.D.または歯科医師(D.D.S.)のみが会員になれる学会です。